住めば都の風が吹く

楽しいことの日記です

幸真オンリーありがとうございました

 


 
Dozen Rose FES.2023内、幸真オンリー「道行き最中に咲くダリア」、お疲れ様でした。

 スペースにお越しいただきありがとうございました。差し入れをいただいたことや、お話ししてくださったことが、私にとってどれだけ嬉しいことかきっと伝えきれないでしょう。それだけ嬉しかったです。

 



 自分の好きなカップリングのオンリーが開かれるのが初めてで(少なくとも自分が活動している間)、当日も現実味がわかずふわふわした心地で過ごしていたのですが、何もかもが楽しかった!



 思い返しながら書いている今、号泣しています。

 子供の頃から良いことがあると次の日にバチが当たるに違いない! と思っていたので、飽和するほどの楽しさがこわい。

 



 泣きながら、幸真を好きになってからの色んなことを思い出しました。

テニスの王子様』を好きになってから四年経ちますが、五冊の本を出すことができました。飽き性なのでこんなに一つのこと、二人の人物について考え続けたことも書きたいと思ったことも今までにない経験です。

 初めてのことがいっぱいありました。

 

 

 同人を通して大切な友人を得たこと、表紙・ノベルティを描いてもらったこと、特殊装丁で本を作ったこと、文章でアクスタを出したこと、同人のために遠征したこと、フォロワーとしたたくさんの通話のこと、幸真スペースのこと(あれまたやりたいですね、楽しかったから)。

 

 

 絶対仲良くしたいと思ってたフォロワーをガン見してたらたくさん話しかけてくれたこと(悪質行為と紙一重なので以来二度としてませんからね)、大好きな方が自分のこと知ってくれててしかも本買いにきてくれて「認知されてる!」って本人の前で絶叫したこと、体調悪かった時に幸真のコス合わせに招待されたからなんとか耐えられたこと、私がどんなに落ち込んでても書いたもの引用して褒めてくれる人がいること。

 

 

 学校のレポートを書いてる友達の真向かいで同人誌書いたこと、新刊の構想を話したら「誰がそんなもの読むの!?」と言われたこと(初めて出した幸真本『かんぺきなかたちのたましい』のことで、あやふやな関係だった幸真の真田が女性と結婚し、それで幸村が思いを自覚する話です。そりゃそうも言われる)、そんなことを言っても原稿(『イン・アザー・ワーズ』)がぎりぎりの時には校正などで手伝ってくれたこと。

 

 

 私がのんきに「同人誌出そうよー!」とかへらへらしてたら、本当に本を出して創作が楽しいと言ってくれた人たちのこと!

 

 

 あとアフター! 誰かとアフターに行くのも夢だった! 叶っちゃった、いいのかな。

 

 どの程度ぼかすべきかわからずここに書ききれない思い出もたくさんあります。

 全部嘘みたい。私の身に起こったこととは思えない。でも本当なんだ、すごいなあ。

 

 

 

 同人、何年やっても慣れない。難しい。これだ! と思える瞬間はいつまでも訪れないし、満足できる落とし所も見つけられていません。いつも己の失態にうんざりします。何冊出しても上達しないし、ミスはするし、誤字は見逃すし、ひどいできのサンプルで告知してしまうし、開場に間に合ったことほぼないし。

 でも楽しかった。どれだけ後悔が多くても楽しいは別個でしっかり存在しています。

 

 

 

 ここまで書いてようやく泣き止みました。

 しばらくサークル参加できないので、ここで本を出すという活動を一区切り、という心持ちでした。幸真オンリーで節目を迎えられてよかった。

 目を閉じたらまだ西2ホール・の列の机の前に座っているような錯覚がして、喧騒もシャッターの向こうから差し込む光の明るさも、うっすら寒いのも蘇ってきました。こわ。焼き付けすぎた。

 

 

 

 最後に。

 何かを好きって発信したりかたちにすることを私は素晴らしいと感じるけど、べつに声に出さなくてもいいと思っています。

 たとえば私は持病の症状しだいでものすごく前向きに物事を捉えられることもあれば、それまで全力を傾けていたものを簡単に大嫌いになったりささいなことで避けてしまうこともあります。

 ずっと同じ温度や高さで好きを維持するのはなかなか容易いことではない(それを意識せずできる人もきっといはするだろうけど)。し、そうしなきゃいけないわけでもない。

 歴が長いとか愛が深いとか拙いとか達者だとかしんどいとか病気とか泣いて感動するとかしないとか、そういうこと関係なく、というか含めて、幸真越しに誰かの一生のうちの数分でも数時間でも重なったりするのってすごいことです。

 一回でもちょっとでも(書/描くとか縫うとか纏うとかなるとか造形するとか作るとか焼くとかこねるとかデコるとか読むとか見るとか呟くとか好きになるとか、なんでも、本当になんでも)心や時間の一部をどこかに向けた人たちが束の間すれ違って微笑みをかわせるっていうのは奇跡のようですね。

 それが私にとっては幸真でよかったです。